ブログ

【なぜ広島でメンターを学んできたのか】療術師のメンタル実践の原点

メンターとは、長期的に相手の成長を支える伴走者のことです。

私は「メンターです」と前面に出したいわけではありません。
それでも、メンターという概念を学び続けています。

それは、施術という仕事が「身体だけ」を扱うものではないと知っているからです。
施術は、技術だけで完結する仕事ではありません。


■ 技術だけでは足りない理由

同じ手技を行っても、
受け取る側の状態や信頼関係によって、身体の反応は変わります。

緊張している人の呼吸は浅くなり、安心している人の呼吸は自然に深まります。
身体は、心の影響を受けないわけではありません。

だからこそ私は、

人とは何か。
関係とは何か。

そこを理解したいと思い、メンターという学びを選びました。

私が受けた養成講座では、脳の仕組みも学びました。

不安が強いときに呼吸が浅くなること。
緊張すると肩が上がること。
思考や感情が、そのまま身体に現れること。

身体に触れる仕事をしているからこそ、
「脳・思考・感情・身体」が分離していないことを、理論と体感の両方で理解する必要があったのです。

人は、人を通して学びます。

子どもを持つと湧く感情。
後輩ができると背筋が伸びる感覚。

それもすべて、関係の中で起きています。

身体に触れるということは、その人の人生の一部に触れさせていただくことでもある。
私はそう捉えています。

▶ 技術と関係性の違いについては、

✔『技術じゃ足りない安心の差』

■ 私の育った環境

私は、友人の多い祖父母と、口下手な両親のもとで育ちました。

親は仕事と家庭を大切にしてましたが、会話でのやり取りを大切にする方ではありませんでした。

祖父母は、なんでも話を聞いて受け止めてくれました。
その受容は、子どもながらに安心でした。

けれど、社会の中でどう振る舞うのか。
どう助けを求めるのか。
どう距離を取るのか。

それを具体的に教わるには、世代が違うからこそ、今の社会とは少し感覚が違う部分もありました。

だから私は、
・距離の取り方
・頼り方
・本音の伝え方

を身につけるまで、少し時間がかかりました。


■ 助けを求めるのが苦手だった理由

学生時代も社会に出てからも、
周りには自然に相談できる人がいるのに、私は家族以外に助けを求めることが苦手でした。

本音を言う前に、
「こう言ったらどう思われるだろう」
「迷惑じゃないだろうか」

と先に考えてしまう。
そして飲み込む。

そのちょっとした気のせいが、慎重さにつながり、気軽な言葉さえもしないようにしていたのかもしれません。

だからこそ、「導いてくれそうな人」に憧れました。
答えをくれる人ではなく、安心して本音を出せる相手に。


■ 肩書きへの違和感

メンタルの専門家。
メンター。
カウンセラー。

肩書きは安心材料になります。
人は肩書きに安心しやすい。
私もそうでした。

けれど実際に関わってみると、
・本音が言えない
・空気が緊張している
・違和感を言葉にできない

そんな経験もありました。

コーチングの方と時間が経っても、本音をぶつけ合える機会がない感覚がありました。

そのとき感じたのは、
「この人ではないのかもしれない」
という静かな違和感でした。

本音を吐ける信頼関係は、肩書きだけではつくられない。
ここが、私の大きな学びでした。


■ 本当のメンターとは何か

メンターとは、
優しい人でも、正しい人でもありません。
本音を許し合える関係を築ける人。
耳の痛いことを言っても壊れない。
言われても逃げない。

その関係を維持するには、お互いが成熟しようとする姿勢が必要です。

関係は、与えられるものではなく、育てるもの。

相談者(メンティ)側を経験してきたからこそ、理想論だけでは関係は機能しないことを知りました。

そして、人の限界を知った上で寄り添える人ほど、本当に頼りになるということも学びました。


■ なぜ施術に関係するのか

ここが一番大切です。
身体も同じだからです。

信頼がなければ、身体は守りに入ります。
安心できなければ、呼吸は浅くなる。

触れると分かります。

肩が上がる。
顎が固まる。
お腹が抜けない。

解剖学的に見れば個人差はあっても、大まかな構造のルールはほとんど共通しています。

けれど、人は知性のある生き物です。
耳や目で理解できると、呼吸が落ち着く。

心と体が追いつかないとき、それは「現状を整理する言葉」がまだ見つかっていない状態です。
だから頑張りすぎて力が入る。

言葉が整うと、思考が整う。
思考が整うと、呼吸が変わる。
呼吸が変わると、筋膜の緊張も変わる。

筋膜を扱っていると、
言葉ひとつで身体がほどける瞬間が、手から伝わることがあります。

それは無理に変えたのではなく、本人が納得してゆるんだ反応です。

私は心を“治す”ことはできません。

けれど、
心の状態が身体にどう影響するかを理解し、身体を通して整えていくことはできます。

それが、
メンターを学んできた理由と、療術師としての責任です。

▶ 筋膜の構造については、

✔『やさしくわかる筋膜の話』

■ 私の立ち位置

広島で施術を受ける際、心と身体を分けずに見てほしいと感じている方へ。

私は心理を売りにしません。

学んでいるのは、施術の質を底上げするため。
肩書きより関係性。
理論より成熟。
導くのではなく、整える。

身体と同じです。

強く変えるのではなく、なじませる。

そして私は、順番を飛ばさない関係を大切にしています。

身体の順番も、
言葉の順番も、
関係の順番も。

今、助けを求めるのが苦手な人も大丈夫です。

私も最初は苦手でした。

安心は、急いでつくるものではありません。
身体と同じように、関係も、なじませていくもの。
余計な力が抜ける関わりを大切にしています。

それが、私の施術の姿勢です



広島市中区住吉町|関係性から整える筋膜リリース

[筋膜リリースの考え方]をくわしく見る

関連記事

コメント

この記事へのコメントはありません。

※当サロンの施術はリラクゼーションを目的としたものであり、医療行為ではありません。体感や効果には個人差があります。