■ “全部やらない”からこそ整う、ケアの哲学
これまで2回にわたり、「千手観音化」によって起こる心と身体の混乱、そして“2本の腕”に戻ることで整えるリセットの視点についてお話ししてきました。
▶【セラピスト】千手観音から選手観音へ|⑴ 千手観音化していませんか?
▶【セラピスト】千手観音から選手観音へ|⑵ 2本の腕、使えていますか?
そして今回が、シリーズのラスト。テーマは、“選手観音”です。
■ 「全部やる」は、やさしさじゃない
どんなことも自分で抱えて、全部やらないと…そう思って動いていた時期、私にもありました。
でも実際には、“全部やる”ことは“全部に手を出す”ことであり、そのぶん本当に必要なところに力が届かなくなるものです。
必要なときに、必要な手だけを差し出す。それが“選手観音”という考え方。
「選び抜かれた動き」こそが、人を動かし、癒し、整えると私は考えています。
■ 施術者は「千手」ではなく「選手」でいたい
私が施術で大切にしているのは、とにかく「全部の技を使う」ことではありません。
必要があれば足も使い四手になるけれど、使う手はいつだって“その時に応じたひと手間”。
◦ お客様の皮膚の動き
◦ 筋膜のゆれ
◦ 呼吸のリズム
◦ その日の体調や気分
そういった情報を受け取りながら、一番必要な場所に、必要な刺激を、最適化で届ける。
▶【筋膜アプローチの違い】万博後に気づく──手で「膜の意志」を調律するということ。
これは“引き算のケア”とも言えるかもしれません。
技術だけでは足りない理由についてはこちら。
▶【手技は不要?】施術者とは何か。療術師とは何か。AI時代に残る価値
しかしこの引き算のケアとは、“やらないことで整う”という、ある意味セラピストに求められる最難関の選択力です。
筋膜リリースによって、癒着が少しでも減ると可動域に広がりが出て、肩や浅かった呼吸にも変化を感じる、という方もおられます。
■ 「引く手」もまた、整える手
がんばりすぎている人ほど、“手を出すこと”に慣れすぎていて、“手を引くこと”を忘れていることがあります。
施術も同じです。“全部やって差し上げる”のではなく、“本当に必要な手だけを差し出す”。
その姿勢は、あなたの身体の中の「整える力」を、そっと思い出させてくれるはずです。
■ 今日も選手観音で、お待ちしています
サロンでは今日も、適切な圧と、身体の反応を滑らかにするストレッチで、あなたの「整える力」を引き出す準備をしています。
「わたし、がんばりすぎてたかも」そんな方は、ぜひ一度お越しください。
整えるリズムについてはこちら。
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